こんにちは。
今日は『ノートルダムの鐘』について。
ミュージカル版が個人的にとても好きでして…
魅力全部は書ききれないので、今日は作品中の一曲をご紹介。
ディズニーのアニメ版にも流れますので知っている方も多いかもしれません。
“地獄の炎”とは?簡単な概要
タイトルにある”地獄の炎”という曲は、ノートルダムの鐘においていわゆる”ヴィラン”であるフロローが歌うナンバーです。
街の治安維持に熱心で、真面目で潔癖すぎるがゆえにジプシーを異端だとして追放しようとしている男。
そんなフロローでもエスメラルダの魅力には勝てず、歪んだ愛情で彼女を追い詰めますが最後には主人公カジモドにノートルダム大聖堂から突き落とされるという運命にあります。
小さい頃にこのシーンを観た時はただ怖いなという印象をもっていただけでした。
あとネットではディズニー版のこのシーン、フロローのヤンデレ具合がヤバすぎるとネタにされているとかいないとか…😅
確かにヤバいんですが笑、
実は曲の構成に注目してみるとただヤバいだけではない、
この曲の奥深さを楽しむことができるようになっているのです。
以下、歌詞などご紹介しつつちょっとした小ネタをお話しようと思います。
“地獄の炎”を歌う人物、フロローとは?
まず曲にいく前に、フロロー自身についてのお話になりますが、
ミュージカル版では彼の人生にも焦点を当てられているシーンがあります↓
フロローは弟とともに小さい頃から教会で過ごし、神に仕える身として教えを忠実に守って慎ましく生活していました。
一方弟は自由奔放で教えをしばしば破り、しまいにはジプシーの女性と恋に落ちてしまい兄がひきとめるにもかかわらず駆け落ちしてしまいます。
久しぶりに再会した時には流行病にかかり、そのまま若くして亡くなってしまいました。
こういった経緯によって、なぜフロローがジプシーを極端に毛嫌いするようになったのかが理解できるような内容になっています。
そして物語が進む中、ジプシーであるエスメラルダの魅力に引き込まれてしまった彼は、自分自身の矜持や立場との葛藤に苦しみます。
そこで歌われるのが地獄の炎です。
以下、ラテン語で歌われているバックコーラスも一緒に訳した歌詞を一部載せます。
“地獄の炎”解説
聖なるマリア
地獄の炎 / HELLFIRE | 劇団四季『ノートルダムの鐘』 ラテン語翻訳
私は正しく徳の高い男
ET TIBI PATER
(そして御父よ)
聖なるマリア
私は穢れを退けて生きてきた
QUIA PECCAVI NIMIS
(私は罪を犯しました)
なのにどうして
あの女を見ると 胸が熱くなるのか
COGITATIONE
(私の心のもの)
自制さえも奪われてしまう 艶やかな黒髪に
VERBO ET OPERE
(言葉の中に、行いの中に)
地獄の炎 燃える欲望
私を追い込む 罪の道へ
私は悪くない
MEA CULPA
(私の過ち)
あのジプシー あいつのせい
MEA MAXIMA CULPA
(私の最大の過ちです)
悪魔は人より
MEA CULPA
(私の過ち)
強い魔力を持っているのだ
MEA MAXIMA CULPA
(私の最大の過ちです)
守りたまえ
邪悪な炎に焼き殺されぬように
あのエスメラルダ
地獄に落とすか 私に与えたまえ
ジプシー女め心決めろ
私か
火炙り
どちらがいいか
http://juno.main.jp/blog/musicals/the-bells-of-notre-dame/notore-dame-latin-13-hellfire/
フロローが葛藤から開き直り愛と憎しみに染まっていく様子と、
罪を告白するバックコーラスが対照的に描かれています。
理性と欲望、善と悪の対比がフロローの歌とバックコーラスとで歌い分けられているのです。
これを知って改めてディズニー版も観てみると、確かに赤いフードを被った存在あるいは影たちが
彼の理性として、彼を責める存在として描かれているのがわかりますね。
ラテン語を知らないとわからないですが😅
とても素晴らしい構成だと思います。
『ノートルダムの鐘』のテーマは
「誰が怪物で、誰が人間か?」
観る人の心に問いかける、非常に奥深い作品です。
ぜひ観てみてください。
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